細胞培養システム
細胞は生命がその機能を維持している最小個体であり、タンパク質やDNAなどの分子レベルでは解析できない現象を解析するために必須の実験材料である。細胞レベルでの解析を必要とする研究は多岐にわたり、そういった研究の効率を向上させる技術の開発は極めて有益であると考えられる。
通常、現在では、培養細胞を用いた研究には直径数cmのシャーレや直径数mmのウェル(小さな容器)が並んだマイクロタイタープレートと呼ばれるポリスチレン製の容器が用いられる。これらは人間からみて扱いやすいという観点のみから大きさが決められているため、サブミクロンオーダーの細菌や数十ミクロンオーダーの高等生物の細胞から見れば不必要に大きい入れ物になっており、単一細胞や可算個の細胞を取り扱う実験には適切とは言えない。それに対して、数ミクロンから数百ミクロンオーダーの大きさを持った構造物からなるマイクロチップは、細胞を取り扱うために適したデバイスになりうると容易に想像できる。
図1 細胞を用いる実験のマイクロチップ集積化のメリット
通常のシャーレやフラスコなどを使った細胞培養では4〜5 mm程度の厚さに培地をはり、その上は解放され空気と接触する形で培養する。これによって細胞は十分な栄養分と酸素を得て、さらに不要な老廃物が希釈されていくことによって生命を維持している。それに対して、培養槽をマイクロチップの内部にマイクロチャネルと同じような大きさで作製した場合には、培養槽は例えば深さ0.1 mm程度の閉じた空間になる。このように狭く閉鎖的な環境で静置培養を行った場合には十分な物質供給がなされない可能性がある。こういった問題を解決する手段として、図2のようなフローシステムを採用し、マイクロチャネルを通じて新しい培地を絶えず供給することによって培養槽全体にわたって良好な細胞培養を目指した。
図2 培地潅流システムと細胞の状態
しかしながら、培養液の流れによる圧力やマイクロチップ表面が細胞へのストレスとなり、細胞の正常な形態や機能の喪失に至ることを見出した。そこで、細胞接着性タンパク質の種類、培地のフロー速度などを変化させ、物質合成能や細胞の形態から機能維持に最適な培養条件について検討した。肝細胞を用いた場合、マイクロチャネル壁面の修飾にコラーゲンを用いると細胞がよく生着し、機能も高く維持できたが、ポリリジンやフィブロネクチンでは、形態異常や機能低下が確認された。細胞にかかる圧力についても培地の流速や粘度を変化させることで検討し、圧力が高くなると細胞の形態が伸展したり、はがれたりするうえ、物質合成能が低下していくことが確認できた。
検討の結果得られた最適条件下で肝細胞を培養することにより、図3に示すように、マイクロチップ内で細胞の機能を維持したまま培養することに成功した。
図3 最適条件下マイクロチップ内培養による肝細胞の機能維持
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