マイクロ過冷却流体と不斉合成

背景
 寒冷地の樹木が内部で凍結することなく育つことができる一因として、細胞の微小空間内の過冷却が考えられる。マイクロチャネル内の微小空間でも通常スケールの容器内に比べて過冷却現象が起こりやすく、それを利用することで従来困難であった温度条件下での溶液反応が可能となると期待される。


図1 寒冷地の樹木

実験1 マイクロチャネル内過冷却現象の確認
 ペルテェ式温度コントロールステージ上にマイクロ化学チップを載せ、0~2 mL/minの流速で純水を流しながら、顕微鏡観察した。5℃で5分静置した後、1℃/minで目的温度まで冷却した。そして目的温度で10分以内に凝固が起こった点を凝固点とした。


図2 凝固の確認法

 マイクロチャネルの幅を75-300ミクロンの間で変化させて凝固点に与える影響を調べたところ、顕著なチャネルサイズ依存はみられなかった。いずれも-15℃付近で凝固した。次に、そのままでは親水性であるガラス表面をオクタデシルシラン修飾して疎水化し、同様に観察した。すると凝固点は疎水化前よりも下がり、チャネルサイズ依存が見られた。凝固のプロセスにチャネル壁面の影響が大きく関与していることが示唆された。


図3 凝固点のマイクロチャネル幅依存

実験2 マイクロチャネル内過冷却現象を利用した不斉合成
 マイクロチャネル内に過冷却現象を利用することで、通常では困難な低温条件下での化学反応が期待できる。多くの不斉合成では、不斉触媒存在下で、R体とS体ができる際の活性化エネルギーに小さな差があり、どちらかの異性体が多く生成するようになっている。通常の凝固点よりも温度の低い過冷却条件下での反応が実現できれば、活性化エネルギーの差による反応速度の差を大きくして、光学純度(ee)の向上が期待できる。マイクロチャネル内でDMSOの過冷却現象を利用した以下の不斉合成を試みた。


図4 マイクロ化学チップを利用した過冷却条件下での不斉合成反応

 図5のグラフに示したように、マイクロ化学チップを利用することで、過冷却条件下での不斉合成反応が可能になった。過冷却条件下では、反応温度低下に伴い収率は減少するが、光学純度が向上するという期待通りの結果を得た。


図5 収率および光学純度の反応温度依存

【関連文献】

  1. Supercooled micro flows and application for asymmetric synthesis
    Shinya Matsuoka, Akihide Hibara, Masaharu Ueno, and Takehiko Kitamori
    Lab Chip, 6, 1236-1238 (2006).