顕微準弾性レーザー散乱法による液液界面化学計測

1.はじめに

 当研究室では、コバルトイオンの湿式分析に代表されるようにマイクロチップ中に二種類以上の液体を流すこと(多相流)で様々な化学プロセスを実現してきた。 このようなマイクロ化学プロセスの発展に伴って、液体同士の界面(液液界面)における物質輸送プロセスの解明が求められている。 しかし、マイクロチップ中の液液界面における分子の振る舞いを定量的に解析する手法はこれまでに存在しなかった。 そこで、油水界面を選択的に分析できる準弾性レーザー散乱法(QELS)を顕微鏡下で実現できればマイクロチップ多相流における液液界面の 挙動を解明するツールになり得ると着想した。

2.原理
 
 QELSを顕微鏡下、マイクロチップ中で測定できるようにした顕微準弾性レーザー散乱法(µQELS)の装置図を図1に示す。 油水界面にレーザー光を入射すると、水と油のように表面張力の違う物質が接触している界面に界面張力波が発生する。 そして、この界面張力波によって入射光が散乱され、散乱光の周波数がシフトする。 従って、散乱光と入射光を混合すると界面張力波によるシフトがうねりとして取り出される。 これより界面張力の大きさが求められる。これがQELSの原理である。  µQELSを実現するためのポイントは二つ存在する。 第一に、測定の障害となる流れによって生じる低周波ノイズを取り除く工夫が必要となる。 本研究では、音響光学素子(AOM)を用いて入射光の周波数の中心を補正し、測定光とすることでノイズを取り除いている。 第二に、マイクロチップ中では従来のQELS法で用いられてきた回折格子法が適用できないので、散乱光の角度を決定するのが困難となる。 そこで、測定光を入射光と平行に対物レンズに入射し、焦点位置で元のビームと交差させることで測定光と同じ向きの散乱光のみを取り出すことを可能にした。


図3. µQELSの装置図




3.実験

 水/トルエン界面におけるコバルト-2-ニトロソ-5-ジメチルアミノフェノール錯体(Co-DMAP)の抽出をµQELSで測定した。

4.結果と考察

 図2に水/トルエン界面のQELSスペクトルとCo-DMAP抽出におけるうねり周波数の経時変化を示す。QELSスペクトルのフィッティングによりうねり周波数が求められる。 うねり周波数の経時変化からは、界面張力が測定開始の2秒後までは上昇し、その後ゆっくりと減少して10秒で平衡に達したことが分かった。
 このように、本手法は油水界面における物質輸送の様子を直接観察できる方法として有効であることが示され、 マイクロ化学プロセスの効率化や基礎的な溶液化学に大きく貢献するものであるといえる。


図2. (a) 水/トルエン界面のQELSスペクトル (b) Co-DMAP抽出におけるうねり周波数の経時変化


【関連文献】
  1. Spectroscopic Analysis of Liquid/Liquid Interfaces in Multiphase Microflows
    Akihide Hibara,Masaki Nonaka, Manabu Tokeshi, and Takehiko Kitamori
    J. Am. Chem. Soc., 125, 14954-14955 (2003).
  2. Integration of a wet analysis system on a glass chip: determination of Co(II) as 2-nitroso-1-naphthol chelates by solvent extraction and thermal lens microscopy
    Tomoko Minagawa, Manabu Tokeshi, and Takehiko Kitamori
    Lab. Chip., 1, 72-75 (2001).